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まだ見ぬ世界へ
2006-09-03-Sun  CATEGORY: 未分類
[小説家になりたい。なろう。なれます


ファンタジー小説の「情景描写」はハンパでなく難しい。

それは、現場を踏めないからです。


あたり前の話ですが、ファンタジー小説は、その世界にある草一本にいたるまで、作者の想像の産物です。

このあたりが、現実の世界の過去を舞台とする歴史・時代小説とは、根本的にちがっています。

たしかに、歴史・時代小説の舞台も、いまはもう失われてしまってますが、現在との連続性が断たれたわけでないし、資料もたくさん残っています。


端的な例をあげれば、セミです。

現在、本州でポピュラーに見られるアブラゼミは、300年前にも日本列島にはたくさんいました。
つまり、私たちが聞いているアブラゼミの声は、信長や秀吉も聞いていたわけです。

これが連続性ですね。

信長、秀吉時代の夏を描写するのに、アブラゼミの声を使っても、おかしくはないということです。


ところが、ファンタジーとなると、そうはいきません。


セミの声ひとつとっても、その世界の固有の種を考えなければなりませんし、もし、現実を拝借して、アブラゼミがいるということにすれば、その世界には、幼虫が樹液を吸うために、リンゴ、サクラ、ナシの樹が存在していなくちゃならないことになります。

リンゴやナシが存在するってことは、気候が冷涼で、降雨量が適当で、ということにつながっていきます。

かくのごとく、ファンタジーというものは、創造主である書き手に、そりゃもう多くのものを要求してくるわけです。


で、世界中のどこをさがしても存在しない世界。その情景を描写するわけですから、頼みの綱は、想像力だけです。

ところが、人間の想像力というものは、風景に対して、どううわけか弱いんです。脆弱なんです。

だからこそ、「現場を踏む」必要があるわけなんですが……

そういうわけで、ファンタジー小説における「情景描写」は、ひどく痩せているものが多いですね。

これは、作者の責任ということもありますが、人間の想像力のひとつの限界を示していると考えています。


あなたが、ファンタジー小説、とくに「剣と魔法」といわれるジャンルに手をつけるときは、このこと肝に銘じ、現実感にあふれ、色彩の豊かな情景描写をこころがけてください。



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